「あれ、トイレの水、流れにくくない?」 休日の昼下がり、夫がリビングでくつろぐ私に投げかけた、何気ない一言。それが、我が家における静かな、しかし根深い問題の蓋を開けるきっかけとなりました。あの水道修理が世田谷区で配管を交換してもトイレのレバーをひねると、一瞬だけ水位が上がり、やがてゆっくりと流れていく。誰もが「まあ、直ったならいいか」で済ませてしまいがちな、あの「一瞬の詰まり」。しかし、この些細な不具合が、我が家における「見えない家事」の所在と、家族間の暗黙の責任の押し付け合いという、極めてデリケートな問題を白日の下に晒すことになったのです。 夫の報告に対し、私は内心こう思いました。「知ってる。数日前からそうだもの。でも、あなたが気づいたなら、あなたが何とかすればいいじゃない」。私は、日々の買い物、食事の支度、洗濯、掃除といった「見える家事」を一手に引き受けています。その上、トイレットペーパーの補充や、便器の簡単な掃除といった、トイレ周りの細々としたメンテナンスも、いつの間にか私の担当になっていました。だからこそ、排水管のトラブルという、普段とは質の違う、いわば「有事のメンテナンス」くらいは、夫が率先して対応すべきではないか。もう水道管の一覧の配管専門チームの猪名川でも、言葉にならない不満が、私の心には渦巻いていました。 一方、夫の側にも言い分はあったようです。彼は、家のローンや家族の生活費を稼ぐという、最も大きな責任を負っている自負があります。家の外で働き、経済的な安定をもたらすことが、彼の最大の役割。だから、家の中の細々としたトラブルシューティングは、常に家にいて、家のことを管理している妻が対応するのが自然な役割分担だと、無意識のうちに考えていたのでしょう。彼にとって、トイレの不具合を「報告する」という行為は、彼なりの責任の果たし方であり、問題解決の第一歩だったのです。しかし、私にはそれが、問題そのものを私に丸投げする「責任転嫁」にしか聞こえませんでした。 このすれ違いは、まさに「見えない家事」の典型的な問題です。家のメンテナンス、電球の交換、消耗品の在庫管理、季節ごとの寝具の入れ替え…。これらは、誰かがやらなければ家庭が回らない、しかし、やっても誰からも感謝されにくく、その大変さが可視化されにくい労働です。トイレの「一瞬の詰まり」は、この見えない家事の領域に属するトラブルであり、その対応責任が、我が家では全く定義されていなかったのです。 結局、その日はお互いに不満を抱えたまま、誰も具体的な行動を起こさずに終わりました。しかし、数日後、事態は悪化。今度は、水位がなかなか引かなくなり、明らかに「ヤバい」状況になりました。ここでようやく、私たちは問題から目を背けることができなくなり、遅まきながらの家族会議となったのです。 「どうして、もっと早く言ってくれなかったの?」と私。 「言ったじゃないか。数日前に『流れにくい』って」と夫。 「報告だけじゃなくて、自分で何とかしようとは思わなかったの?」 「家のことは、君の方が詳しいだろ?」 堂々巡りの議論。しかし、この不毛な言い争いの中で、私たちは初めて、お互いが「相手がやるべきだ」と、無意識のうちに期待し、責任を押し付け合っていたという、家庭内の構造的な問題に気づきました。悪いのは夫でも、私でもない。問題なのは、我が家に「見えない家事」や「突発的なトラブル」に対する、明確なルールや合意形成のプロセスがなかったことなのです。 この一件を機に、我が家では一つのルールが生まれました。それは、「家の不具合に最初に気づいた人が、解決までのプロジェクトリーダーになる」というものです。リーダーは、自分で修理を試みてもいいし、業者を手配してもいい。ただし、その進捗状況を家族に報告し、必要な協力(例えば、業者が来る時間帯に在宅するなど)を求める責任を負う。今回のトイレ詰まりに関しては、最初に問題を提起した夫がリーダーとなり、インターネットで信頼できる業者を探し、電話をし、修理に立ち会うまでを、全て彼が担当しました。 業者の作業は、高圧洗浄であっけなく終わりました。しかし、私たち夫婦にとっては、それは単なる修理以上の意味を持っていました。夫は、これまで全く知らなかった水道業者の料金体系や、作業内容を知り、家のインフラを維持することのコストと手間を具体的に学びました。私は、問題を一人で抱え込まずに、家族に委ねることの重要性を知りました。 トイレの「一瞬の詰まり」は、放置すれば汚水が溢れる大惨事を引き起こします。それと同じように、家庭内の「見えない家事」と責任の押し付け合いも、放置すれば家族関係に深刻な亀裂を生じさせます。あの小さな詰まりは、私たちに、より良い家族であるための、風通しの良いコミュニケーションという、最も大切な「配管工事」の必要性を教えてくれた、忘れられない出来事となったのです。
トイレ一瞬の詰まりが暴く家族の「見えない家事」と責任の押し付け合い